東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)55号 判決 1975年3月17日
原告 濱中力蔵 外一名
被告 東京都知事・東京都建設局河川部長・東京都西多摩建設事務所長
主文
原告らの訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立て
一 原告ら
(一) 被告らが別紙目録記載(一)の取水管を放置している事実は違法であることを確認する。
(二) 訴外日本セメント株式会社が別紙記載(二)1、2の一号井戸および新二号井戸より平井川の流水のうち毎秒〇・三三立方メートルずつを取水しているにもかかわらず、被告らがその使用料の徴収を怠り、右会社に不当に利得せしめている事実は違法であることを確認する。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
(一) 本案前の申立て
主文同旨
(二) 本案の申立て
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 原告らの請求原因
(一) 原告らはいずれも東京都の住民である。
(二) 東京都西多摩郡日の出村大久野字細尾付近に平井川があり、その右岸に訴外日本セメント株式会社(以下、「日本セメント」という。)の西多摩工場がある。右平井川は、昭和四年一二月一日東京府知事により旧河川法上の準用河川として認定され、昭和四〇年新河川法(昭和三九年法律第一六七号、以下「河川法」という。)の施行にともない、昭和四〇年四月一日同法上の二級河川に、さらに昭和四一年四月一日一級河川に指定されたものである。
一級河川の管理は建設大臣が行なうものであるが、平井川は河川法九条二項にもとづく指定区間内にあるため、被告東京都知事がその管理を行なうこととなつており、被告東京都建設局河川部長(以下、「被告河川部長」という。)は河川の管理に関し被告東京都知事の補助機関たる地位にある職員である。そして、現実には被告東京都知事の権限の一部委任により被告東京都西多摩建設事務所長(以下、「被告建設事務所長」という。)が管理を行なつている。
(三)1 平井川の河川区域内には別紙目録記載(一)の取水管(以下、「本件取水管」という。)が放置されている。右取水管は、もと日本セメントがこれを使用して平井川の流水を取水していたものであるが、昭和四二年に右取水管に接続されていた送水管が切断された後は、取水管としての機能を果たすことなくそのまま放置されているものである。もとより、本件取水管の設置については河川法二四条、二六条、二七条にもとづく許可はなされていない。
2 河川の管理とは、河川の保存、利用および改良に関する一切の事項を総称するもので、河川の原状を維持改善し、河川の使用の範囲を定めるものである。河川たる自然の流水は、ある場合には涸渇してその姿を没し、ある場合には多量に流出して強大な破壊力となる。洪水等により流水が一時に多量に河川を流れるときは河川区域以外に出て氾濫溢流する。ことに河川の保全を無視する大小の工作物を河川区域内に築造する場合においては、一朝洪水に際会して右工作物が流失し、下流の護岸橋梁等を破壊し、ひいてはあらゆる河川の利用を根底から覆えすのみならず、その被害の及ぶところ人命を奪い、財産を損じ、地域住民の生活に対する重大な脅威となる。河川管理上もつとも重視さるべきは治水であり、本件取水管のような異物はこれを除去し、洪水等の際の被害を未然に防止しておくことこそ必要である。ちなみに、昭和一六年七月二二日平井川を襲つた大洪水の際は、護岸、井戸、取水・送水にかかる諸設備がことごとく下流に流出し、地域住民に多大の迷惑を及ぼした例がある。
3 したがつて、被告らが日本セメントをして本件取水管を除去させることなくこれを放置していることは、違法に河川の管理を怠つているものというべく、それは地方自治法二四二条の二第一項、二四二条一項にいう「違法に財産の管理を怠る」場合にあたる。
(四)1 日本セメントは河川法二三条の許可を受けることなく別紙目録記載(二)1の一号井戸(以下、「一号井戸」という。)および同(二)2の新二号井戸(以下、「新二号井戸」という。)より平井川の流水のうち毎秒〇・三三立方メートルを取水している。
2 しかるに、被告らは、右取水につき日本セメントよりその使用料の徴収を怠り、日本セメントに不当に利得せしめているが、これは地方自治法二四二条第一項、二四二条一項にいう「違法に財産の管理を怠る」場合にあたる。
(五) 原告らは昭和四三年一二月二三日東京都監査委員に対し右(三)および(四)の怠る事実につき被告らに関する措置請求の申立てをしたが、同監査委員は昭和四四年二月一七日付をもつて原告らに対し右請求は監査の対象にならない旨の監査結果を通知し、その通知書は同月一九日原告らに送達された。
(六) しかしながら、原告らは、右監査結果には不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項三号にもとづき被告らの前記(三)および(四)の怠る事実の違法確認を求める。
二 被告らの本案前の主張
(一) 住民訴訟の対象性について(被告ら)
1 地方自治法二四二条の二第一項の住民訴訟は、普通地方公共団体の公金・財産等が本来住民の納付する租税公課等の収入によつて形成され自治行政の経済的基礎をなすものであるところから、この公金・財産等についてその執行機関等により違法な行為が行なわれ、その結果当該地方公共団体ひいては住民が損失をこうむることを防止するために、そのような財政上の違法行為の予防・匡正を図る権利を住民に訴権として認めたものである。換言すれば、事務監査請求の制度(同法七五条)が普通地方公共団体の事務の執行一切をその対象とし、事務の執行の一般的状況を明らかにすることを目的としているのに対して、住民訴訟の制度はいわば住民の負担にかかる公租公課等によつて形成された財産等につき、受託者である執行機関等の信託の趣旨に反した違法行為によつて当該地方公共団体が損害を受け、ひいては信託者である住民に損失を与えるという場合にこれを防止することを目的としているといえるのである。
そして、この住民訴訟は、住民自身の具体的な権利侵害にかかわりなく、いわゆる客観的訴訟として特に法律の定めた場合にのみ出訴しうるものとされているのである(行政事件訴訟法五条、四二条)。
2 本訴において、原告らは、まず、被告らが本件取水管を放置していることは地方自治法二四二条の二第一項、二四二条一項にいう「違法に財産の管理を怠る」場合にあたる旨主張する。
しかしながら、河川敷地の管理ということは住民訴訟の対象とはならない。すなわち、右二四二条の二の住民訴訟の対象となる財産は、同法二三八条の公有財産、すなわち当該地方公共団体がその住民の公租公課にかかる負担により取得した財産に限られるべきである。そして、河川自体は同条に列挙された公有財産のいずれにもあたらない。このことは、そもそも河川は財産管理の対象となるものではなく、公物としての管理の対象となるのみであることを示している。公有財産の管理のみが住民訴訟の対象となり、公物の管理が住民訴訟の対象とならないことは前述した住民訴訟制度の趣旨・目的からいつて明らかである。
河川の管理が住民訴訟の対象とならない以上、河川の構成要素の一つである河川敷地の管理も住民訴訟の対象とはならない。
さらに、河川敷地は国有であり、少なくとも都有ではないから、住民訴訟の対象とはならない。平井川の指定区間の管理を東京都の職員の身分を有する被告らが行なつているのは、その身分とは別に国の事務をその委任を受け国の機関の地位に立つて行なつているものである。平井川の指定区間の河川敷地の管理も被告らが国の機関の立場に立ち、国の事務として行なつているものである。このことは、河川敷地の帰属主体が国であり、東京都でないことを示しており、したがつて、河川敷地の管理は前述した住民訴訟出度の趣旨・目的に照らし住民訴訟の対象とならないものである。
3 本訴において、原告らは、日本セメントが平井川の流水を違法に取水しているにもかかわらず、被告らがその使用料の徴収を怠り、日本セメントに不当に利得せしめていることは、地方自治法二四二条の二第一項、二四二条一項にいう「違法に財産の管理を怠る」場合にあたる旨主張する。
(1) しかしながら、河川の管理が住民訴訟の対象とならないこと前述のとおりであるから、河川の構成要素の一つである流水の管理も住民訴訟の対象とはならない。
(2) 流水はそもそも財産ではないから住民訴訟の対象とはならない。河川法二条二項は、河川の流水は私権の目的となることができない旨規定しているので、流水は所有権の目的とはなりえないのである。すなわち、所有権の対象となるためには、それを形体的に支配しうる可能性が必要であり、その形体・量を特定できるものでなければならないが、流水は形体的に支配すること自体その本質を害し、その形体・量は特定できないから、所有権の対象とはならないのである。このように所有権の対象とならない流水は、それ自体財産とはいえないのである。したがつて、流水の無断使用をめぐることを含めた流水の問題が住民訴訟の対象となることもないのである。
(3) 仮に、流水が財産にあたり所有権の対象となるとしても、その帰属主体は国であり、少なくとも東京都ではないから、前述の住民訴訟制度の趣旨・目的に照らし住民訴訟の対象とはならない。すなわち、被告らが河川管理者として平井川の流水を管理しているのは、前述のとおり東京都の事務として行なつているのではなく、国の事務を国の機関の地位に立つて行なつているものであるから、この場合、流水の財産管理をもあわせ行なつているとしても、それは国の財産としての流水として行なつているものである。
(4) 日本セメントが平井川の流水を違法に取水しているにもかかわらず、被告らがその使用料の徴収を怠り、日本セメントに不当に利得せしめている旨の原告らの主張の趣旨が、右取水により東京都が占用料債権あるいは不当利得返還債権あるいは損害賠償債権を取得しているにもかかわらず、被告らがその行使を怠つているというものであるとしても、次に述べるとおり東京都は右各債権を取得する余地がないので、結局、本訴は住民訴訟の対象を欠き、不適法である。
すなわち、河川法三二条は、都道府県知事は河川の流水の占用許可を受けた者から流水占用料を徴収することができ、その占用料は都道府県の収入となる旨規定しているが、原告らも主張するとおり被告らは一号井戸および新二号井戸から取水につき占用許可を与えた事実はないので、そもそも占用料債権が発生する余地はない。次に、仮に、日本セメントが一号井戸および新二号井戸から平井川の流水を取水し、これにより財産的利益をえているとしても、そもそも流水は財産とはいえないのであるから、不当利得返還債権や損害賠償債権が発産する余地はないのみならず、仮に流水が財産にあたるとしても、それは少なくとも東京都に帰属するものではないから、東京都に損失や損害が生ずる余地はなく、したがつて、東京都が不当利得返還債権や損害賠償債権を取得する余地もない。
このことは、河川法三二条三項の規定の趣旨からも明らかである。すなわち、同条項は、流水について国の機関である都道府県知事が占用許可をして徴収する占用料が都道府県の収入になると定めたのみで、流水の無断使用の場合の不当利得や損害賠償についてはふれていないが、その趣旨は、河川の管理費用が当該河川の存する都道府県の負担とされている河川法の体系上、その財政配分措置として規定されたものであり、その内容としては、占用許可した場合の占用料のみは都道府県の収入とすることとし、それ以上に、仮に不当利得や損害賠償の問題が発生するとしても、それは都道府県の収入とはせず、国の収入とするというものである。したがつて、流水の無断使用がなされても、東京都に損失や損害が発生する余地はないのである。
(二) 訴えの利益について(被告河川部長および被告建設事務所長)
原告らの訴えのうち被告河川部長および被告建設事務所長に関する部分は、訴えの利益を欠く不適法なものである。
一般に、地方公共団体の長はその補助機関たる職員に対して指揮監督権を有する(地方自治法一五四条)。したがつて、本件訴えのような場合、被告東京都知事との間で判決がなされれば、同被告は、その判決の拘束力に従い(行政事件訴訟法四三条三項、四一条一項、三三条一項)、補助機関であるその余の被告らに対し指揮監督権を行使して判決の内容を実現することになるのである。したがつて、被告東京都知事に対する訴えのみで十分その目的を達するのであり、さらにその余の被告らに対する訴えは不必要であつて、訴えの利益を欠くというべきである。
(三) 被告適格について(被告河川部長および被告建設事務所長)
被告河川部長および被告建設事務所長に対する訴えは、被告適格を欠き不適法である。
すなわち、地方自治法二四二条の二第一項三号の住民訴訟は、当該執行機関または職員を被告として提起すべきこととされているが、ここに被告適格を有する職員とは、怠るものとして違法確認の対象となつている当該行為の主体となる職員、すなわち、当該行為を行なう権限を有する職員をいうべきものである。けだし、怠る状態を直接かつ完全に解決するためには、当該怠る行為を行なう権限を有する職員に被告適格を認めることが必要でありかつそれで十分であるからであり、それ以上に、当該怠る行為を行なう権限を行使するについて補助する立場にあるにすぎない職員にまで被告適格を認める必要がないからである。このことは、仮に、このような補助する立場にあるにすぎない職員も被告適格を有するということになると、その部署にある職員がすべて被告適格を有することになり、無用の訴えを多数発生させることになることからも明らかである。
ところで、本件についてこれをみるに、本訴は、平井川の河川敷地や流水についての河川法にもとづく管理を怠つていることの違法確認を求めているものである。そして、この管理権限は被告東京都知事がこれを有するものであり、その余の被告らは被告東京都知事の右権限行使を補助する立場にあるにすぎないのである。そうすると、本件の直接かつ完全な解決のためには、被告東京都知事のみに被告適格を認めれば十分であり、その余の被告らにまで被告適格を認めることは不必要である。
三 本案前の主張に対する原告らの反論
(一) 住民訴訟の対象性について
1 住民訴訟の対象となる財産は、住民の公租公課により形成されたもののほか、河川管理権等を広く含むものと解すべきである。なるほど、地方自治法二三八条においては、河川自体を公有財産として認めてはいないが、同法二四二条、二四二条の二にもとづく監査請求および住民訴訟の対象については、単に「財産」とのみ規定し、「公有財産」とはしていない。したがつて、監査請求および住民訴訟の対象となる財産の意義については、住民訴訟等の認められている趣旨・目的に照らして理解すべきである。
(1) 国民は主権者としての立場から常に統治機関の行為を監視監督する権利を有する。それは地方自治についても同様であり、住民は地方公共団体およびその機関の財産処理、財産管理を監督する権限を有する。そして、その財産処理、財産管理に違法不正がある場合には、常にこれを匡正せしめる権限があるのである。その一つの方法が監査請求であり、住民訴訟である。
(2) 地方自治法において住民訴訟を定めた趣旨は、地方公共団体の役職員が法令の規定に違反しまたは私的利益を図る目的で本来の任務に背き、違法不当に地方公共団体の財産を管理するようなことがあるとすれば、実質上被害を受ける者は当該地方公共団体の住民にほかならないから、そのような行為がなされるおそれがあり、またはすでになされたような場合には、住民自身のイニシヤテイブによつて当該行為を防止匡正する措置を講ずるようにすることが、憲法の精神である住民自治の精神に沿うためである。すなわち、住民訴訟の制度は、本来的には住民から信託された財産の地方公共団体およびその機関による違法不当な管理処分を防止するものであり、信託管理にその主眼があるのであるから、その対象は、必らずしも地方公共団体所有の公有財産に限られる必要はなく、海浜、山林、港湾、河川等の自然公物の管理権の行使・不行使について、それが住民の利益に密接に影響を及ぼす場合には、地方公共団体ないしその機関に管理義務がある以上、これらも住民訴訟の対象に含ませて考えるべきである。
要するに、公物とされている物の生成過程や所有権の帰属のいかんにより住民訴訟の対象となるかどうかを判断すべきではなく、地方公共団体に管理義務があり、その義務を行なつたかどうかが住民の生活に影響を及ぼす場合には、住民が広くこれを監視し批判することができると考えることが、国民主権主義および住民訴訟制度の趣旨・目的に合致するゆえんである。
(3) 河川法において河川の管理主体を河川の所在する都道府県知事に定めたのは、河川が沿岸住民の生活、生命保持に密接な関係を有しており、それ故、国よりも河川の所在する都道府県知事に管理を委ねる方がより地域住民の生活実態に即した適切な管理運営ができるものと考慮にもとづいている。
もし、住民訴訟の対象につき原告らの主張するような解釈をとらず、被告らの主張するように河川敷地は国有財産であるから住民訴訟の対象とはならないと解するとすれば、都道府県知事に管理義務があつても同知事には管理義務懈怠の責任を追及できず、国にも管理義務がないので責任を追及できないことになり、住民としては管理義務の懈怠をチエツクする何らの手段も有しないこととなつて、きわめて不都合な結果となる。もともと、河川敷地を国有にするか都有にするかということは政策的な問題であり、このような政策的問題により住民の出訴権が妨げられることは国民主権主義から考えて許されないことである。
(4) 本件については、東京都監査委員が地方自治法一九九条四項にもとづき監査を実施している。同条項にもとづく監査は、同法二四二条の監査請求にもとづく監査と同じく地方自治体の職員がその管理にかかる財産を適正かつ公正に管理しているかどうかを監査するものであり、両者の違いは住民の請求によつて監査を始めるかどうかという監査の端緒の点だけである。したがつて、東京都監査委員が平井川の河川敷地および流水につき監査を実施したということは、それらが同法二四二条の監査の対象にもなりうることを示すものといわなければならない。
2 日本セメントが平井川の流水を違法に使用することにより東京都に不当利得返還債権ないし損害賠償債権が発生する。
もとより日本セメントは一号井戸および新二号井戸より平井川の流水を取水するにつき河川法三二条の占用許可を受けていないのであるから、流水占用料債権が発生しないことはいうまでもない。流水の占用とは、本来国民全体の財産であるべき流水を特定人が排他的・独占的に使用し、それにより財産的利益を納めうるものであるから、流水占用料も河川管理費用の受益者負担という面と特別利益の対価という面を合わせ有しており、具体的な占用料の額も右二点を考慮して決定されるものである。日本セメントは、平井川の流水を無断で排他的・独占的に使用し、占用料相当額の支払いを免れているので、もし占有許可があれば本来東京都に帰属すべき利益が失なわれていることになり、東京都に損失ありとすることになんの不思議もない。
また、日本セメントが平井川の流水を無断で使用することは違法な行為であり、これにより占用料相当額の支払いを免れ、その分の損失を東京都に負わせるものであるから、不法行為に該当することは明らかである。そして、不法行為による損害賠償債権の帰属については、流水管理権を有する東京都に帰属すると解すべきは当然であり、これは、財産権を侵害された者が損害賠償請求権者となるという私法上の一般原則から導かれる結論である。仮に、国に損害が発生したとしても、国は当該財産の管理権をすでに失い、被告東京都知事がこれを管理している以上、管理権の内容として東京都が国に代つて損害賠償債権を行使しうるものと解すべきであり、このように解さなければ、公物の管理の実をあげることが困難になるとともに、不法行為者がいたずらに利益を収める結果ともなりかねない。
(二) 訴えの利益について
被告河川部長および被告建設事務所長は、本訴は被告東京都知事に対する訴えのみで十分その目的を達するのであるから、その余の被告らに対する訴えは必要でなく、訴えの利益を欠く旨主張している。
しかしながら、まず第一に、行政事件訴訟法三三条一項は、処分または裁決を取り消す判決の効力が当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束するというものであり、取消判決の効力を第三者に及ぼすために特に設けられた規定である。したがつて、本訴のように、処分または裁決の取消しを求めるのではなく、財産の管理を違法に怠つていることの確認を求める訴訟の場合には、その判決の効力は第三者には及ばないのである。被告東京都知事がその余の被告らに対し指揮監督権を有するとしても同様であり、被告東京都知事に対する財産管理を違法に怠ることの確認判決がその余の被告らに対する関係においても右違法に怠ることを確認することにはならないのである。それ故、原告らは被告河川部長および被告建設事務所長に対しても別個に訴えを提起する利益を有するのである。
第二に、地方自治法二四二条の二第一項三号は執行機関のほかに職員に対し「当該怠る事実の違法確認の請求」を認めているのであるから、職員たる被告河川部長および被告建設事務所長に対する訴えの利益があることは明らかである。
(三) 被告適格について
被告河川部長および被告建設事務所長は、地方自治法二四二条の二第一項三号にいう「職員」とは当該怠る行為を行なう権限を有する職員をいうべきところ、右被告らはこれにあたらないので、被告適格を欠く旨主張する。
しかしながら、右被告らはまさに当該怠る行為を行なう権限を有する職員というべきである。すなわち、被告河川部長は東京都における河川に関する最高責任者の地位にあり、平井川の河川区域および流水の管理権限を有しているものである。
右被告らの論旨を推し進めれば、被告東京都知事以外の者はすべて同被告の有する権限を補助するものであるから、前記二四二条の二第一項三号の訴えについて被告適格を有するのは被告東京都知事のみということになり、同号において「当該執行機関又は職員」に対する訴えを認めている趣旨が不明となる。
四 本案前の主張に関する被告らの再反論
(一) 原告らは、住民訴訟の対象となる財産の意義につき、国民主権主義の立場からこれを広く解し河川管理権等もこれに含ませるべきである旨主張する。
しかしながら、住民訴訟制度の趣旨・目的は、すでに述べたように、地方公共団体の所有にかかる財産の管理の懈怠により当該地方公共団体に損害が発生するのを予防匡正することにあるのであつて、原告らが主張するように、単に公務員の適正な公務の執行を監視し、これを担保するためにあるものではない。原告らの主張は、実定法の解釈をこえた立法論というべきである。
また、原告らは、住民訴訟の対象となる財産を地方公共団体所有の財産に限定すると、国有財産で都道府県知事が管理しているものについてはその管理の懈怠を匡正できなくなるので不都合である旨主張するが、一般論として、右のような国有財産についての管理の懈怠の匡正は、上級機関である国の機関からの行政上の監督権によつて行なう等の方法が考えられているのである。
(二) 原告らは、地方自治法一九九条四項の監査の対象となるものは、同法二四二条の監査請求の対象となり、したがつて、住民訴訟の対象となりうる旨主張する。
しかしながら、前者の制度と後者の制度の本質の差を無視する原告の主張は誤つている。
住民訴訟は、被告らがすでに述べたように、客観的訴訟として法がこれを許容した場合においてのみ地方公共団体の財政上の違法行為の予防匡正を図る権利を住民に訴権として認めたものである。これに対して、同法一九九条四項にいう監査委員による監査は、地方公共団体が司法権による匡正としてではなくて、その内容的自律的機能として行政の執行を適法妥当ならしめるための制度であり、したがつて、地方公共団体の財産に関する事務の執行および地方公共団体の経営に係る事業の管理に関するかぎり、いかなる事項についても行なうことができるのである。
すなわち、同法一九九条四項による監査の対象は、住民訴訟の対象よりも当然に広くなることになるのである。
このことから両者の差は、原告らがいうように単に端緒の差の問題でなく、本質の差の問題であり、同法一九九条の監査の対象となるからといつてただちに同法二四二条の住民監査(したがつて住民訴訟)の対象となるものでない。
五 請求原因に対する被告らの答弁および主張
(一) 請求原因(一)、(二)の事実は認める。ただし、被告東京都知事が河川法九条二項にもとづく指定区間にある河川について行なう管理は、政令で定める管理の一部であつて全部ではない。同(三)1の事実のうち、本件取水の設置につき河川法二四条、二六条、二七条にもとづく許可がなされていないこと、旧二号井戸(別紙図面参照)から平井川底を横断して日本セメントの西多摩工場に通ずる送水管が昭和四二年に切断されたことは認めるが、本件取水管が存在することは否認する。同(三)2の事実のうち、昭和一六年七月二二日の大洪水に関する原告ら主張の事実は知らない。同(三)3の主張は争う。同(四)の事実は否認する。同(五)の事実は認める。
(二) 原告らが存在すると主張している本件取水管は、その主張によれば旧二号井戸に接続しているところ、旧二号井戸から平井川底を横断して日本セメントの西多摩工場へ通じていた送水管は、昭和二六年一月に旧二号井戸が使用廃止されて以来その使用はなされておらず、また、右会社が昭和四二年二月六日にその所有権を放棄したのにともない、河川管理者が同年三月二七日に右送水管の中央部分を切断したため、現在はまつたく送水機能を有していないものである。原告らも、また、現在右送水管が使用されていないことについては争つていない。
そうだとすると、原告らが撤去すべきものと主張している本件取水管自体、仮に現在存在するとしても、現にその機能を有していないことが明らかであるから、これを除却すること自体について財産管理上格別の意味があるわけではないのみならず、本件取水管の撤去は、原告らの主張する所在位置から判断して、平井川の河底および左岸の護岸の一部を取りこわすことが必要であるため、その護岸の完全性をそこなうなどかえつて河川管理上支障をきたすばかりか、護岸上に設置されている道路の機能にも少なからぬ影響を及ぼすものである。
したがつて、原告らのこの点に関する請求は、それ自体実体上有害無益なものとして許されるべきではなく、また、法律上も管理の違法な懈怠ということがおこる余地がないからその理由がないことが明白である。
(三) 平井川の河川区域内にある工作物の占用および流水の占用については、日本セメントに対し昭和三八年二月一六日以降現在に至るまで適法に許可を与えている。その許可を与えている部分は別紙図面中の赤色で示した部分(六〇平方メートル、流水量は毎秒八リツトル)であり、昭和四八年四月一日より昭和四九年三月三一日までの占用期間中の占用料は、一六、三二〇円(河川敷地占用料四、三二〇円、流水占用料一二、〇〇〇円)である。したがつて、被告らは適法に平井川の管理を行なつているものである。
六 被告らの主張に対する原告らの反論
被告らは、本件取水管を除去するとすれば、平井川の護岸の一部を取りこわすことになり、護岸の安全性をそこない、護岸上に設置されている道路の機能にも影響を与える旨主張している。
しかしながら、本件取水管を除去した後、その跡を何らかの補強修復を加えれば足り、右修復工事により護岸の安全性を強化することにこそなれ、決してその安全性をそこなうことにはならない。まして、右のような工事の程度では護岸上に設置されている道路の機能を損ずることは稀有のことといわなければならない。本件取水管の除去は、被告らの主張するように有害無益どころか、まさに公共の利益に合致するものである。
第三立証<省略>
理由
一 まず、本訴の適否について考える。
本訴は、河川管理者たる被告らが本件取水管を放置している事実が違法であることの確認を求めるとともに(原告らの申立て(一))、日本セメントが一号井戸および新二号井戸より平井川の流水を盗水しているのに被告らが使用料の徴収を怠り日本セメントに不当に利得せしめている事実が違法であることの確認を求めているものであつて(原告らの申立て(二))、前者は河川敷地の、後者は河川の流水の管理をそれぞれ怠つていることの違法確認を求めているものと解される。そこで、河川敷地や河川の流水の管理を怠るということが地方自治法二四二条の二第一項三号にもとづく住民訴訟の対象となるかどうかについて検討する。
(一) 右条項の住民訴訟は、普通地方公共団体の公金・財産等が本来住民の納付する公租公課等の収入によつて形成され自治行政の経済的基礎をなすものであるところから、この公金・財産等についてその執行機関等により違法な行為が行なわれ、その結果当該地方公共団体、ひいては住民が損失をこうむることを防止するために、そのような財政上の違法行為の予防・匡正を図る権利を住民に訴権として認めたものである。換言すれば、同法七五条にもとづく事務監査請求の制度が普通地方公共団体の事務の執行一切をその対象とし、事務の執行の一般的状況を明らかにすることを目的としているのに対し、住民監査請求および住民訴訟の制度はいわば住民の負担にかかる公租公課等によつて形成された財産等につき受託者である執行機関等の信託の趣旨に反した違法あるいは不当な行為により当該地方公共団体が損害を受け、ひいては信託者である住民に損失を与えるという場合にこれを防止することを目的としているものである。そして、この住民訴訟は、住民自身の具体的な権利侵害にかかわりなく、いわゆる客観的訴訟として特に法律の定めた場合にのみ出訴しうるのである(行政事件訴訟法五条、四二条)。
(二) 地方自治法二四二条の二第一項三号にもとづく住民訴訟(当該怠る事実の違法確認の請求)は、地方公共団体の執行機関または職員につき違法に公金の賦課、徴収もしくは財産の管理を怠る事実がある場合にその事実を対象として認められるものであることは、同条項号および同法二四二条一項の規定上明らかである。そして、右財産の意義につき、同法二三七条一項は「この法律において『財産』とは、公有財産、物品及び債権並びに基金をいう」と規定し、同法二三八条以下において公有財産等の定義が掲げられている。
そこで、右定義に前記住民訴訟制度の趣旨・目的を照らし合わせて考えれば、結局、住民訴訟の対象となるべき財産とは、住民の負担にかかる公租公課等によつて形成された地方公共団体の公金および営造物以外の財産(公有財産、物品、債権)を意味すると解するのが相当である(最高裁昭和三五年(オ)第九九二号、同三八年三月一二日判決、民集一七巻二号三一八頁参照)。
(三) ところで、河川は右の財産のいずれにもあたらず、したがつて、河川の敷地や流水も右の財産のいずれにもあたらないと解すべきである。すなわち、河川はそもそも公物管理の対象となるのみで、財産管理の対象としては予定されていないものというべきである(河川法一条参照)。
してみれば、河川管理者が河川の敷地あるいは流水の管理を違法に怠つているとしても、それは地方自治法二四二条の二第一項三号にもとづく住民訴訟の対象とはならないものと解するほかはない。
(四) 原告らの申立て(二)の趣旨が、日本セメントによる平井川流水の盗水により東京都が不当利得返還債権ないし損害賠償債権を取得しているにもかかわらず、被告らがこれを行使しないことは違法であることの確認を求めるというものであるとしても、やはり住民訴訟の対象を欠くものといわなければならない。
すなわち、日本セメントが一号井戸および新二号井戸より平井川の流水を盗水しているかどうかはさておき、仮に盗水しているとしても、そもそも河川の流水は私権の目的となることができないとされており(河川法二条二項)、右盗水により東京都に財産上の損失は生じないので不当利得返還債権や損害賠償債権は発生しないのみならず、仮に何らかの財産上の損失があり不当利得返還債権ないし損害賠償債権が発生するとしても、それは東京都に帰属するものではなく国に帰属するものというべく、さらに、仮に東京都に帰属するとしても、それは住民の公租公課等によつて形成されたものとはいえないからである。同法三二条一項は、都道府県知事は当該都道府県の区域内に存する河川について流水の占用の許可をしたときはその許可を受けた者から流水占用料を徴収することができる旨規定し、同条三項は、右流水占用料は当該都道府県の収入とする旨規定しているが、それは都道府県知事が一定の場合に河川の管理事務につきいわゆる機関委任を受けるため(同法九条二項、地方自治法一四八条二項、別表第三、一((百十一)))、その管理費用を配分する趣旨で特に設けられたものと解すべきであり、右三二条三項は流水占用料の帰属に関する規定であつて、それ以上のものではないと解すべきである。
(五) 原告らは、国民主権主義の立場から住民訴訟の対象となる財産の意義を広く解し、河川管理権等もこれに含ませるべきである旨主張するが、前記のとおり住民訴訟が客観的訴訟として法律に定められている場合にのみ許されるものであることから考えれば、立法論としてはともかく、現行法の解釈論としてはとうてい採用することができない。
二 してみれば、その余の点を判断するまでもなく、原告らの本訴は住民訴訟の対象となりえないものを対象としてる点においてすべて不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高津環 牧山市治 上田豊三)
別紙<省略>